
歴史関係の本は研究書の類の方が好きなので、歴史小説はあまり読まないです。これも、小説だと知った時は少し躊躇したんですが、かなり一次資料を読み込んで忠実に書かれているらしいということで、読んでみました。
うん、これは小説と呼ぶのはあまりしっくりこないですね。創作要素は無いわけではないですが、かなり少ないです。ほとんど一次資料の日記そのままなんだと思う。それを綺麗にひと続きにして、台詞を付けて、合間を若干膨らませたという感じ。
内容は、ほぼほぼ船旅で、ロンドンに着くのはかなり終盤ですし、学校に入る前に終わってしまいます。長州ファイブとの邂逅が最後の山場みたいな感じでした。
船旅は本当に初めから最後まで順番にゆっくりじっくりという感じで、一緒に船に乗ったかのような感覚です。立ち寄った土地の歴史的背景なども詳しく述べられていて理解が深まりました。
あと、一次資料に載っているものと思われる俳句がたくさん引用されていたのも良かった。いちいちメモりながら読んでいました。
台詞回しはだいぶ時代がかっていて、少し仰々しすぎるきらいもありますが、薩摩弁はかなりしっかりしているようで、ネイティブが監修しているのだと思われます。
洋行日記が詳しく、一番参考にされているので主人公というほどではないけれど、五代先生と共に中心的な立ち位置でした。序盤は例の、久光公による直々の説得シーンも、なかなか真に迫った感じで描かれておりました。
しかし、本書の畠山くんはなんだか、わりとイライラしていて、キャラ的にはいまいち思っていた感じとは違った。もっと温和で面倒見の良いイメージなんだけどな。
でも、あっちこっち積極的に見て回って興味津々の畠山くん、かわいい。松村と一緒に和歌を詠んで、ご満悦で日記に書き込む畠山くん、かわいい。
この子は個人的にはイメージそのまんまでした。同じく日記をかなり参考にされているので、畠山くんの次によく目立っていました。
和歌好きらしくて、いろいろな場所に着くたびによく詠っていてかわいい。これもたぶん日記にある出来事なんでしょうけど、物語的にはまったく無意味に風邪ひいたりする。かわいい。
羽島滞在時の宿の娘「お栄」は実在人物なのかどうかはわたしは知らないのだけど、出発した後も松村はこの子を気にしている様子で、みんなにからかわれる場面もあったりしました。かわいい。
この子もわたしはけっこう気に入っているのですが、ほぼほぼ目立っていないというか、あまりキャラ設定がされていない感じで、たまに当たり障りのないことを喋る。もっと喋っても…いいのよ…。森と喧嘩とかしても良いのよ。
しかし、最初は口ばっかり勇ましい感じの過激攘夷派だったという話は、何度かイジられていました。かわいい。
個人的には、真面目な優等生だけど色々激しい性格のイメージです。
土佐出身の弥市くんはそこそこ目立っている。この子は派手な過去持ちだから、書きやすそうだもんな。ちゃんと土佐弁を喋っているけど、一人称は「わし」じゃなくて「あし」なのね。
先生組と同じくらいには年配者なので、普段は一歩引いてみんなを見つつ、落ち込みがちな村橋くんの話し相手になっていたりと、なかなか良いキャラに描かれていたと思います。群像入りおめでとう。
将来神戸で行き倒れになるサッポロビールの村橋くん。ロンドン留学中には環境になじめず「鬱になって帰国する」という人物なので、基本的には塞ぎ込んでいましたが、たまーに笑っていたりもして、かわいかったです。
著者いわく「役者にしたいような色気がある」!?わかる!!
森はリアルの知名度では留学生中一番だと思うけれど、本作ではほとんど目立っていないです。よく見ていたら森っぽい言動はしているのだけど、よく見ていないと見逃すくらいには影が薄いです。
「鮫島とは気が合う」という描写は確かあったと思うんですが、もっと2人でつるんでいる姿を見たかった。しかし序盤では、帯刀に執着せずに、さっさと大小を差し出した、というシーンは「森!」でした。
長沢&清蔵は、あまり性格の書き分けがされていないという部分もあったので、あのセリフを言ったのどっちだっけ!?みたいになりがちではありました。
しかし、年少2人組が他のみんなに先んじで髷を落としていたというのは、どうやら史実のようで、長沢くんが後に藩にもらった変名を一生名乗る、という史実にも繋がる話として、決意の言葉とともに断髪シーンが描かれていたのがとても印象的でした。ラストの毅然とした後ろ姿と、松村の「キバレー!!」も良かったです。
本書のダークホース、堀くん!!
弥市と同じく他藩出身者だから初め群像に入れてもらえなかった組の堀くん。ただの通訳じゃなくて、五代先生の右腕なんですが、とにかくいつもは注目されない堀くん。本書ではなんて、かわいいキャラになってるの!
穏やかにニコニコしながら年少2人に英語を教えているシーン、めちゃくちゃ良いじゃないですか!
序盤、町田兄弟の次男「猛彦」については、本書では「気が狂って自殺し、病気ということで処理された」という内容になっていました。
そういう説もあるのだけど、史実だといまいちはっきりしなくて、実の弟である町田清蔵が後に書いた洋行記では「病気で離脱した」と書いてあるらしい。当時幼かった清蔵くんには残酷な事実を伝えなかったというのはじゅうぶんに考えられるのですが、その洋行記が書かれたのは彼が成長し、だいぶ後になってからのようで、そんなに長い間兄の死の真実を知らないなんてことがあるのだろうか?とも思う。
というかこの羽島の時点で亡くなったというのが本当なのかもよく分からなくて、とにかく謎な人物ですね。
終盤でようやくロンドンに到着し、ついに長州ファイブの3人と邂逅します。
特に山尾庸三は人当たりが良く、みんなと一番交流する立場なので、作中でも穏やかな好人物として描かれていました。伊藤博文と井上馨はすでに帰国しているので登場はしませんが、会話の中では触れられていて、例の「ネイビー(海軍)」と「ナビゲーション(航海術)」の言い間違いはもちろん、伊藤の腹下しと排泄の事まで暴露されてしまいました。そこは黙っといてあげなよ山尾…。
その後、薩摩のみんなから支援を受けて、山尾は無事にグラスゴーへと旅立っていきました。
そしてもう一人、なんだか妙な雰囲気をまとって現れる斎藤健次郎とかいう男。この人はかなり早い時期からフランスに留学しており、例の「モンブラン伯爵」に付き従う謎の日本人ですが、前に何かで読んだので存在は知っていました。後に薩摩で「幕府側に秘密を洩らした」として殺害されたらしいのですが、うさん臭さも含め、個人的にはけっこう興味を惹かれる人物です。
その後にフランスへ渡った田中&中村の2人が吉田宛に「斎藤のフランス語は大したことがなく、そのくせすぐ金をせびり、人の悪口を言う奴だ」とかいう内容の手紙を送ったというのは初見だったのですが、これはたぶん創作ではなく、資料のある話なのではないかな。
数ヶ月の家庭教師期間も終わり、みんなはいよいよロンドン大学(UCL)へ入学して、本格的な学業が始まります。年齢的に入学できなかった長沢鼎は、ひとりアバディーンへ旅立つのですが、松村を筆頭に、みんなで「キバレー!」と声援を送るシーンが印象的でした。
ここで物語は終わり、あとはみんなのその後の経緯が簡単にまとめられています。
わたし的には、ここから先が面白いのに!!ってところで終わってしまいましたが、かといってどこまで続けるべきか?と考えても、正直分からない。ハリスの共同体でスウェーデンボルグ由来の神秘主義と、愛の気と「新生」の話とか始まっても、一般の読者様は困るだろう…と思うし。いや、個人的には読みたいですが。
わたしとしてはみんなと一緒に旅した気分を感じられるだけで充分に楽しかったのですけれど、客観的に評価するなら、小説としてはぶっちゃけダメだとは思います。
書かれていることのほとんどは一次資料そのままとはいえ、個々の小さな描写はどれも後に繋がっていかなくて、言ってしまえば冗長で盛り上がりがないですから。一次資料は本物の日記なのだから当たり前なのですが。
村橋にしても森にしても、なんでこういう描写をされるのか、背景を知らない人が読んでも、よく分からないままに終わってしまうと思う。
小説として読むといまいち、とはいっても研究書扱いも出来ませんし、どっちつかずな感があるので、どうも人には勧めにくいかもしれないな。でも、わたしは楽しめたので、べつに良いか。
最後のまとめの部分でひとつだけ間違いを指摘すると、松村はラトガース大学を「卒業」はしていませんぞ、林望先生。
・斎藤健次郎
横浜でモンブランに雇われ、そのまま一緒に渡仏したらしい。武州熊谷の医者の家系だという話ですが、いろいろ詐称していてよく分からない人物。田中&中村のフランス組とは具体的にどんな感じだったのか知りたいけれど、その辺をまとめられた本とかあるだろうか?無さそう。
・シャルル・ド・モンブラン伯爵
日本では「白山伯」とも呼ばれたお雇い外国人。ロンドンで斎藤を使って五代らに接触し、先走った五代先生はモンブランのいう貿易商社の話を受け入れてしまいますが、これは上手くいかず、後に揉めていたりする。斎藤と共にいろいろ謎な人物で、一度ちゃんと調べたいです。・「モンブランの日本見聞記」
モンブランを含む、幕末明治期に来日した4人のフランス人によるの日本文化論。外国人のための日本案内書らしい。