
またいろいろと展覧会へ行ったり、映画を見たり、ブログにまとめておきたいことが溜まっていたのだけど、それらをアップする前に…。
自分が彼の演技を生で見ることが出来たのは一度だけ、2015年国別対抗戦のエキシビションでした。
国別対抗戦は団体戦なので、その年の参加国はロシア、アメリカ、カナダ、中国、日本、フランスの6ヵ国だったんですが、その6ヵ国の代表選手以外で、そのシーズンに明らかに輝いていた男子選手が、スペインのハビエル・フェルナンデスとカザフスタンのデニス・テンでした。
代表国の他の選手が少ないこともあり、その二人は試合には出ることはできませんでしたが、ゲストとしてエキシビションで滑ってくれたのです。
デニスは真っ白のシャツに黒のスラックスという清楚な衣装で、男性ボーカルの切なげな曲「Mi Mancherai」を滑ってくれて、最後に赤いハンカチをポトリと落とす場面がものすごく目に焼き付いていました。
日本のファンには「殿下」なんて愛称で呼ばれていましたが、本当に「気品」とか「高貴」といった言葉がよく似合う選手でした。
試合で特に印象深かったのはやっぱり、2015年四大陸選手権。SPの上品なテノール「カルーソー」と、独創的な振付のFS「シルクロード」。
演技の最後、すべての力を出しきったデニスがゴロンとリンクに仰向けになって天井を指さしたところは、そんなに長くはない自分のフィギュア観戦歴の中でも忘れられない場面として記憶に残っています。叩き出したスコアは、当時のトータル歴代3位でした。
あまりにショッキングな事件で現実感が無く、呆然とニュースを追っていた時、カザフスタンの大使館が献花台を設けてくださって、ファンが花を手向けに行列を作っているという記事を目にしました。
自分が行っても良いのだろうか…と思ったけれど、あの美しい人が本当にもういないのか、どうにも実感ができずに気持ちが落ち着かなくて、行ってきました。
カザフスタンの国花がチューリップだと聞いたので、赤いチューリップにしようと思ったのだけど…見つからず、赤いバラにしました。リボンだけ、カザフスタンをイメージしてブルーにしてもらいました。
これが彼の演技後のリンクに投げ入れる花束だったらどれだけ良かったか、花を持ってあの列に並んでいた人たちはきっと、みんながそう思っていたはず。
カザフスタン大使館は本来なら休みのはずの土日も献花を受け付けてくださり、ファンは連日の熱い中でも建物の外にまで行列を作っていました。
外で30分ほど並んだ後、建物に入ってからも階段で並んだのですが、献花の部屋に近づくごとに、持ち寄られた多くの花の香りとひんやりした空気が強くなってきて、そこだけ外とは切り離された静謐な空間ができあがっているようでした。
少し疲労を感じ始めたころ、ようやくたどり着いた部屋には、ずらりと並べられたテーブルに沢山の花と、正面の大きなスクリーンには静かな曲を流しながらモノクロの彼が映っていました。
ニュースを目にしたあの日からずっと、頭の中は「なんで」「嘘だ」「こんなのはおかしい」と、そればかりで、でも何度眠って目覚めてみてもやっぱりニュースは変わらずデニス・テンは亡くなったと言っていて…だけどやっぱり次の大会とかアイスショーでは彼が滑ってくれるんじゃないかとか、SNSもひょっこり更新されるんじゃないかとか、そんな気がしてしまっていたのですが、大きなスクリーンの中で笑うデニスを見た時に一番強く感じたのは「やっぱりこれはおかしい」という怒りに近い否定でした。
デニスはもういないという事実を、あの場所で花を手向けることで実感し、納得するつもりで行ったのだけど…なんだか余計に混乱してしまったような気もします。あまりにも酷すぎる最期で、やっぱり納得なんてできるわけがありません。
彼の演技と人柄に魅かれていた人たちはみんなそう思っていると思いますが、とてもこんな死に方をすべき人じゃなかった。おかしい。
記帳は他のかたはたくさんの言葉を書かれていましたが、いざペンを持つとなんだか感覚がいまいち痺れてしまって…一言だけ感謝の気持ちを書きました。
自分のような、ただのいちスケートファンでもこれだけ動揺するのだから、彼のご遺族やスケーター仲間を含めたご友人たちはきっと今ごろ絶望のなかにいるのでしょう…。英雄を失った母国カザフスタンの方々も。
そしてなによりデニスご本人の苦しみは、想像もつきません。
自分が代々木の競技場まで観に行ったあの時にデニスが滑ってくれた曲「Mi Mancherai」の和訳を調べてみると、「あなたがいなくて寂しい」という意味でした。
どういう偶然なのか、あまりにも今のこの状況を言い表している言葉で、そう思うとあの演技の最後にポトリと落とされた赤いハンカチも、彼に手向けた赤い花とダブって見えてしまいます。
デニスの死にたくさんのスケーターがコメントを出しています。最後に町田樹さんのHPをリンク。
町田さんは言葉を大事にする方だと思っていましたが、この詩のような静謐な文章が彼らしく、心に響きました。
「Tu sei」のリンクから、デニスの日本での最後の演技をアップしてくださいました。これもまた男性ボーカルの静かな曲で、そう感じたくはないのに、お別れの前触れのように感じてしまって嫌です。こんなにも美しいものを表現できる人がなぜ、という気持ちが消えてくれません。